大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5162号 判決

原告 大東京簡易旅館組合連合会

被告 国 外二名

訴訟代理人 関根達夫 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、東京都千代田区神田和泉町二番地一所在、煉瓦造木羽葺(実際は煉瓦及び木造トタン葺)平家建居宅一棟建坪二百一坪二合五勺(以下、本件建物という)が原告の所有であることを確認する、原告に対し被告国は本件建物につき東京法務局台東出張所昭和二十六年七月十二日受付第九八八九号を以てした所有権保存登記の、被告財団法人聖十字学園は同出張所同月十七日受付第一〇一〇一号を以てした所有権取得登記の、被告日本通運株式会社は同出張所同月十七日受付第一〇一〇二号を以てした債権額五百九十九万円、弁済期昭和二十七年三月二十八日、利息年一割同支払期六月、九月、十二月、三月の二十八日の抵当権設定登記の、各抹消登記手続をせよ、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

(一)  原告は東京都内における社会事業的営業を目的とした簡易旅館組合を単位とする組合である。

(二)  原告は昭和二十三年十二月十日被告財団法人聖十字学園(以下、単に被告学園という)との間に、被告学園が大蔵省関東財務局より払下を受けたと称する東京都千代田区神田和泉町二番地元内務省所管衛生試験所跡の土地約三千六百八坪余(本件建、物の敷地を含む)の地上に浮浪者収容の目的で、右敷地の使用を許され

(1)  右土地の上にある焼残物煉瓦壁体を活用して原告の資金で簡易宿泊所を建設すること、

(2)  かくして出来た簡易宿泊所はその経営を原告に委し、原告は被告学園に低廉宿泊料収入から経営上の諸経費を控除した純利得の一部を寄附金名義で交付すること

を主要な約旨とする契約を締結した。

(三)  右土地に定着してあつた焼残煉瓦壁は高さ約十二尺、長さ(延べ)約二百二十尺で取毀し除去すべき動産たる性質を有するものであつたが、これを除去するには十数万円の費用を必要としたので、原告は昭和二十三年十二月十七日訴外株式会社橋本組東京支店に右焼残煉瓦壁を利用して建物を建設する工事を請負わせ、総額二百万六千五百五十二円五十銭の費用を支払つて昭和二十四年三月本件建物を竣工し(但し当時は屋根は松板葺)、右焼残煉瓦壁を不動産である本件建物の材料として附合せしめ、原告はその建物所有権を原始的に取得した(附合混和の原則による殊に民法第二百四十三条)。その後昭和二十六年五月中工事費五十万円を費やして本件建物の屋根をトタン葺とした。

(四)  しかるに被告国は大蔵省関東財務局長をして昭和二十六年三月二十八日被告学園に前記土地のうち本件建物の敷地を含む千二百四十二坪余を払下げたが、その際被告国は原告が前記のようにその所有権を取得した本件建物を国有財産であるとして昭和二十六年七月十二日所有権保存登記を経由して同月十七日被告学園に所有権移転登記をした。従つて被告国の所有権保存登記は事実に吻合しない無効の登記であり、被告学園の所有権取得登記も無効である。

(五)  被告日本通運株式会社(以下、単に被告会社という)は以上の事実を知りながら昭和二十六年三月二十八日被告学園から本件建物に債権額五百九十九万円、弁済期間昭和二十七年三月二十八日、利息年一割、同支払期六月、九月、十二月、三月の二十八日抵当権の設定を受け、同年七月十七日前記出張所受付第一〇一〇二号を以てその抵当権設定登記を経由したが、被告学園は本件建物を所有しないのであるから、被告学園のした右抵当権設定行為は無効であり、その抵当権設定登記は無効である。

(六)  被告等は本件建物が原告の所有に関することを争い、前記各登記の抹消に応じないので、原告は本件建物の所有権にもとずき被告等に対しその所有権の存在の確認と登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べた。

〈立証 省略〉

被告国訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中(一)及び(二)の事実は不知、(三)以下については被告学園の答弁と同様であると述べ、立証として乙第一、第二号証を提出し、証人前川岩雄、同国田文雄の各証言及び検証の結果を援用し、甲第一、第三号証の成立を認め、甲第二号証の成立及び同第四乃至第六号証の原本の存在及びその成立は知らないと述べた。

被告学園訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中(一)の事実は不知、(二)の事実は原告と被告学園とが昭和二十三年十二月十日原告主張の(1) 及び(2) を内容とする契約を結んだことを認める、(三)の事実は原告がその主張の建坪二百一坪二合五勺の建物を建設したことは認めるが、原告が原始的に本件建物の所有権を取得したことは否認する、その余の事実は不知、(四)の事実は被告学園が、被告国から原告主張の日原告主張の物件の払下を受け、その所有権を取得し、原告主張の登記を経たことは認めるが、その余の事実は否認する、(五)及び(六)の事実は否認すると述べ、甲号証について被告国と同様の認否をした。

被告会社訴訟代理人は、本件訴を却下するとの判決を求め、その理由として原告の本件訴は代表権のない帰山仁之助が提起したものであるから、不適法であると述べ、本案につき、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中(一)乃至(四)の事実は不知、(五)及び(六)の事実は否認すると述べた。

〈立証 省略〉

理由

まず本件訴が適法であるかどうかについて判断する。

当裁判所が真正に成立したと認める甲第二号証によれば、原告は旅館業法施行細則(東京都条例による規則)に基く簡易旅館を経営する者又は経営したことのある者を以て組織する社団で法人格を有しないが、役員として理事及び監事を有し、理事のうちから会長一名を互選し、会長が原告を代表する定めであり、現に原告の会長は松井修一郎であることを認めることができるから、原告は民事訴訟法第四十六条にいう「法人に非ざる社団にして代表者の定めあるもの」に該当するものというべく、従つて当事者能力があること明かである。そして本件訴状及び記録第十一丁編綴の委任状によれば、帰山仁之助が原告の代表者として弁護士蟹江明治に訴訟委任をし同弁護士が右帰山の委任にもとずき本件訴を提起したものであることが明かであり、前記甲第二号証によれば、帰山仁之助は原告の会計理事であつて、原告の会計事務の担当責任者ではあるが、原告を代表する権限のないことが明かであるから、右訴の提起は代表権のない者の提起した不適法なものであること明かである。しかしながら、前記原告の代表権限のある松井修一郎が改めて弁護士蟹江明治に訴訟委任をし、同代理人をして本件訴の提起その他帰山仁之助のした訴訟行為を追認せしめたことは記録第三十四丁編綴の追認書及び同第三十九丁編綴の訴訟委任状によつて明かであるから、右追認によつて帰山のした訴の提起その他の訟訴行為はその行為の時に遡つて効力を生じたものというべく、従つて本件訴の提起も適法のものとなつたといわなければならない。よつてこの点に関する被告会社の主張は採用しない。

そこで進んで本案について審究する。まず本件建物が原告の所有に属するかどうかについて按ずるに原告と被告国及び被告学園との間では成立に争がなく、原告と被告会社との間では証人磯川義隆の証言により真正に成立したと認める甲第三号証、及び弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立が真正に成立したと認め得る甲第四乃至第五号証によれば、原告と被告学園とが昭和二十三年十二月十日原告が宿泊所として経営する目的を以て被告学園が被告国(大蔵省)から使用を許されていた東京都千代田区神田和泉町二番地一所在の焼跡に在る焼残り煉瓦壁体を利用して被告学園の名義を以て原告の費用で建築施工し、その完工の上は原告が右建物で宿泊所を経営し毎月の純利益(諸経費を控除した残り)から別に協定する割合の金額を被告学園に寄附することを約し、(但し右事実のうち右日時に原告と被告学園との間に、右焼残煉瓦壁体を活用して原告がその費用で簡易宿泊所を建設し、その完工の上これを経営し、その収入から諸経費を控除した純利益の一部を寄附金名義で被告学園に寄附する契約が成立したことは原告と被告国、被告学園との間には筆がない)、原告は昭和二十三年十二月十七日訴外株式会社橋本組東京支店に対し右施工を代金百二十五万四千八百十七円五十銭で請負わせ、同月二十五日更に同会社に対しその変更追加工事を代金三十二万千五十円で請負わせたことを認めることができる。また証人磯川義隆の証言により真正に成立したと認める乙第一、第二号証、成立に争のない甲第一号証、証人磯川義隆、同苗川岩雄、同国田文雄の各証言及び検証の結果を考え合わせると、東京都千代田区神田和泉町二番地一には、もと厚生省衛生試験場の煉瓦造建物があつて、その建物は国有のもので厚生省が所管していたが、今次戦争により戦災を受け、屋根及び床その他木製部分は焼失し、そのため屋根や床は落ち、右建物の外廓である煉瓦壁体だけが焼け残つていたところ昭和二十三年頃右焼残物を含む右宅地の所管が厚生省より大蔵省に移つた。その当時被告学園が厚生省に使用許可願出をし事実上使用を開始し、工事材料等を持込んでいた。大蔵省(東京財務局)は現状維持を条件として被告学園の使用を黙認し、被告学園にその払下をする方針で払下価格の評価等に日時を費し、昭和二十四年三月二十五日被告学園に対し本件建物の敷地を含む宅地三千二百二十二坪及び焼残建物延坪二千二百四十三坪八合七勺その他地上工作物一切を代金九百十五万円で払下げることを約したが、昭和二十六年二月二十八日右契約中目的物件の宅地三千二百二十二坪を千二百四十二坪七合五勺に建物二千二百四十三坪八合五勺を千五百九十九坪四合(前記焼残煉瓦壁体を含む)に、代金九百十五万円を金四百十五万八千九百六十三円に変更し、その旨の更改契約を結んだ上、昭和二十六年七月十二日大蔵省の名で本件建物につき所有権の保存登記をし、同月十七日被告学園に所有権移転登記をしたことを認めることができる。原告は前記焼残煉瓦壁体施工し屋根、床等を添附した結果附合混和の原則により原始的に本件建物の所有権を取得したというが、右に認定したような事実関係の下では混和に関する規定(民法第二百四十五条)はこれを適用する余地はなく、また前記認定の事実と検証の結果とを考え合せると、原告が施工して本件建物として築造するに利用した焼残煉瓦壁体は、単なる瓦礫の焼残物が焼跡に堆積しているのとは異り、もとは煉瓦造建物であつたのが戦災により屋根や床やその他木造部分が焼け不燃焼体たる煉瓦造の壁体が焼残つたものであり、コンクリートの基礎工事の上に、厚いところで一尺二寸、薄いところでろ八寸もある壁を有し、高さが地上から十七尺二寸位あるもので、従前の煉瓦造建物の外廓をなし、いまだ全く建物としての効用価値を失つた程度に至らず、これに屋根をのせ、内部に床を張り間仕切りさえすれば十分に建物として居住その他の使用にたえるように復用せられ得るものであると認めるに十分であるから、右焼残煉瓦壁体を以て単なる瓦礫の焼建物と同じく焼跡に堆積する動産又は焼跡の土地の一部をなすとみるべきものではなく、それ自体なお建物としての独立の不動産たる性質を有するものと認むべきこと、正にかの戦火に罹つて焼けた鉄筋コンクリート造建造物と同様であると認めるのが相当である。従つて原告がこの焼残煉瓦壁体に屋根と床とを加えて住居にたえ得るように施工したこと前記認定のとおりであるが焼残煉瓦壁体がなお独立の不動産と認むべき以上、右施工によつて原告が新にその所有権を取得すべきいわれはなく、民法第二百四十二条によれば、却つて右焼残煉瓦壁体(これがなお不動産と認められるから)の所有者が原告の施工によつてこれに附合した屋根及び床の所有権を取得すべきものというべく、殊に前記甲第三号証によれば、原告は右施工するに当り、被告学園に対し被告学園名義を以て右焼煉瓦建物を自己の費用において宿泊所用に施工し、且つ右施工着手と同時に金十万円を被告学園に寄附し完工の暁において右建物による宿泊所の経営を引受けたものであり、しかも原告の経営引受の期間は適当の時期において右両者協議の上定めることを約したことが明かであつて、右契約の趣旨に徴すれば、原告はその完工による宿泊所経営による利益に着目してその施工の費用を負担し、被告学園に対しその費用の償還を請求する意思なきのみか、施工着手に当り金十万円を被告学園に寄附することを約したのであつて、たとえ原告の施工によつて新に一箇の不動産ができその所有権が発生するに至つたとしても、その所有権は被告学園に帰属し、原告はその建物を利用して宿泊所経営の権利を取得すれば足りる合意の下に為されたと認めるに足りるから、原告が附合混和の原則によつて本件建物の所有権を取得したものとは到底認め難い。

しからば本件建物が原告の所有に属するものとは到底認められないから、これを前提とする原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく既にこの点において失当であるといわなければならない。

よつて原告の本訴請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担ついて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例